大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

青森地方裁判所 昭和51年(行ウ)4号 判決

原告 岡本久三郎

右訴訟代理人弁護士 祝部啓一

被告 十和田市議会

右代表者議長 成田一

右訴訟代理人弁護士 米田房雄

同 堀家嘉郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五〇年一二月一三日した原告を被告議会から除名する旨の議決はこれを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は昭和五〇年四月から被告議会の議員の地位にある。

2  被告議会は同年一二月一三日会議において、同月九日会議における原告の発言に、無礼な言葉を使用し、他人の私生活にわたる言論があったものとして、原告を除名するとの懲罰決議をした。

3  しかし原告には右懲罰事由に該当する所為はなく、仮に若干の無礼ないし私事にわたる言論があったとしても、除名は苛酷に過ぎ、裁量の範囲を逸脱し、違法である。

4  原告は右処分を不服として同年一二月二四日青森県知事に審決の請求をしたが同知事は昭和五一年三月二四日棄却の裁決をした。

5  よって、原告は被告議会のした本件除名処分の取消を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁及び被告の主張

1  請求原因1、2及び4の事実は認め、同3の事実は争う。

2  被告議会が原告に対し本件除名処分をした理由及び経過は以下のとおりである。

原告は昭和五〇年一二月九日被告議会本会議において市政に対する一般質問として当時の中村享三市長に対する質問に立ち、その中で「中村一派」、「女の腐ったような」、「ペテン」、「詐欺、横領」、「贈収賄」、「悪代官の典型的見本」等、害意をもって他人の人格を誹謗攻撃する意味内容の極めて無礼な言葉を用いて同市長に対する個人攻撃を繰返し、また市政とは無関係な原告と同市長との個人的な問題を取上げて私怨報復的な発言をした。

翌一〇日の本会議において川村末吉他三名の議員から原告の右発言に対する懲罰の動議が提出され、検討の結果、原告の右発言は地方自治法一三二条にいう無礼の言葉及び他人の私生活にわたる言論にあたり、もって議会の品位を著しく害したとして、同月一三日本会議において賛成多数で原告に対し除名の懲罰を科することが議決された。

3  右のとおり、被告議会のした本件除名処分は適法であり、裁量の範囲を越えあるいは裁量権の濫用にあたるとはとうていいえない。

三  被告の主張に対する認否及び原告の反論

1  原告が被告議会の主張するような言葉を用いたことは認めるが、これが無礼の言葉又は他人の私生活にわたる言論であることは争う。

2  被告議会の主張する経緯で本件除名処分がなされたことは認める。

しかし、原告は右発言の後その中の原告と市長との個人的関係に関する部分は任意に取消したものである。にもかかわらず被告議会が本件除名処分をしたのは裁量の逸脱ないし濫用である。

理由

一  請求原因1、2及び4の事実は当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば以下の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(1)  原告は、被告議会の昭和五〇年第四回定例会の第二日目にあたる同年一二月九日市政に対する一般質問として当時の中村享三市長に対する質問のため登壇して発言し同市長の答弁を求めたが、その中に別紙記載のとおりの発言部分があった。

(2)  被告議会議長成田一は右質問中の原告に対し、右発言の中に地方自治法一三二条に牴触する部分があり穏当ではないとして二度にわたり注意を喚起したが、原告はこれを聞き入れずに発言を続けた。また、同議長は同日の議会終了後も原告に対し友人として右発言中不適当な部分の取消を促したが、原告は覚悟の上である旨返答した。

(3)  翌一〇日の会議において、原告の右発言につき川村末吉外三名の議員から懲罰の動議が提出され、これが同日の公式議事日程として異議なく追加された。そしてこの案件の審議に入ったさい、原告は議長の許可を得て登壇のうえ、前記発言において私事にわたる言論をしたために問題を生じたことにつき陳謝し、右私事にわたる部分を取消す旨弁明した。

(4)  右懲罰案件は議員一〇名からなる懲罰特別委員会に付託され、同委員会は翌一一日から原告の発言を録音したテープを再生するなどして審議に入り、同発言のうち、「女の腐ったような」「悪代官」、「詐欺、横領」等は無礼の言葉にあたり、また、原告が「私事で本意ではないが」としつつ発言した部分は私生活にわたる言論にあたり、いずれも地方自治法一三二条に牴触することについて委員の間で一致をみた。さらに、情状として原告には本件以外にも本会議においてではないがこれに準ずるいわゆる全員協議会等において過去数回にわたり不穏当な言動があり、本件の場合も議長の注意を聞かずに発言を続けるなど反省の色が見られないから厳重に処分すべきである等の意見が大勢を占め、三日間にわたる検討の結果同委員会としては除名処分相当との結論に達した。

(5)  同月一三日の本会議において同委員会の審議の結果が報告されたのち採決がなされ、出席議員二三人(欠席議員なし。)のうち二一人の賛成で原告に除名の懲罰を科すことが可決され、直ちに被告議会議長により原告に対し除名の言渡がなされた。

三  そこで原告に対する懲罰理由の存否について検討する。

1  右認定のとおり、原告の被告議会における本件発言中には、当時の中村享三市長を名指して、「中村一派」、「女の腐ったみたいで、水の上に浮かぶ浮き草のように云々」、「ペテンにかけて」、「ばれるまで知らん顔で詐欺、横領である。」、「東京の会社から贈収賄をやっている。ね、これは金額一〇〇万円、余りにも悪いことばかりするので云々」、「悪代官の典型的見本のようなものである」等の言葉があり、これらの言葉はそれ自体が持つ意味及び原告の発言全体の文脈からみて、いずれも中村市長の人格行動を直接非難し、その反社会性ないし反倫理性という否定的評価を具体的に強調する意図のもとに用いられた侮辱的言辞であると認められる。とくに、同市長に対し「詐欺、横領」及び「贈収賄」と極め付けた言葉は、確定裁判等の刑事事件訴訟手続等によって客観的に認定された行為を指すのであれば格別、そうでない場合は兎角当該個人の名誉を不当に傷つけあるいは社会に無用の混乱をひき起すおそれがあり、甚だ穏当を欠くものといわざるを得ない。

もちろん議会においては何にも増して自由闊達なふんいきの中での活気ある言論が期待されるものであり、とくに議会は執行機関を監視し牽制する諸々の手続を与えられており、その一環として執行機関に対しその事務に関し説明を求め意見を述べることができるのであって、かかる場合議員が質問し意見を発表するのに、その言辞が勢い痛烈となるのはむしろ好ましく、これがため相手方の感情を反撥することがあっても軽々しくその言論を抑制すべきではない。しかし以上のような点に留意しても、本件において原告の使用した前記言辞は相手方を侮辱的に極め付けるものであって、徒らに論議を感情的なものにさせ、またかえって自由闊達な討議を封じ込める虞れが大きく、議員として許された意見の発表、政策の批判の範囲を越え、地方自治法一三二条にいう無礼の言葉にあたると認められる。

2  次に、原告の本件発言中「私事で本意ではないが、あえてここに私とあなたの関係を披瀝して」云々以下の部分は、前認定のとおりその後の弁明において原告自ら私事にわたることがらについての言論であることを認めたものであるが、その内容をみてももっぱら原告と中村市長との私的な取引関係あるいは金銭の授受関係につき同市長の不誠実な態度あるいは違法な行為を具体的に指摘してこれを非難する趣旨であると認められ、同市長の市長としての政治的行為あるいは市政一般とは何らかかわりのない発言である。

もっとも、同発言全体を通じてみると、原告は市政に対する一般質問として十和田地区食肉事務処理組合の経営に関し同組合の管理者としての同市長の政治責任を追及する趣旨であり、そのさい同市長のその他の不正行為の論証として原告との私的な関係における同市長の不誠実な態度ないし不正違法な行為を指摘したものであると認められる。しかし、公人としての同市長の政治的行為の評価と原告が問題にしている私人としての取引行為あるいは私生活のありようとは何ら論理的関連性はなく、右のような論証は必然性がないというべきであり、本件の場合とくに両者を関連づけて議論すべき必要性があったことをうかがわせるような特別な事情は何ら認められない。

のみならず、右発言部分はもっぱら同市長の行為により原告が経済的損失を蒙ったことを強調し、その内容も原告が多大の援助を与えたのに同市長が原告の恩義を忘れてこれを踏みにじったことをあげて非難するものであり、市政に関する質問に藉口して同市長に対する私怨を公憤に摺り替えてはらそうとする趣さえも感じさせるものといわざるをえない。

以上の次第であるから、原告の右発言部分は地方自治法一三二条の禁止する他人の私生活にわたる言論にあたる。

3  そうすると原告には懲罰理由があり、本件除名の議決が懲罰理由を欠く違法な処分ということはできない。

四  次に前認定の懲罰事犯に対する懲罰として原告を除名したことが適法か否かを検討する。

1  一定の懲罰事由がある場合、当該議員に対し懲罰処分を発動するかどうか、或いは地方自治法一三五条一項の定める各懲罰処分のうちいずれを選択するかは懲罰権者である議会の裁量に属する。

ところで右懲罰のうち、除名処分はいやしくも公選議員の地位を全く剥奪するものであって、単なる議会の内部紀律の問題にとどまらず、当該議員の市民法上の利益にかかわるものであるから、かかる懲罰を選択することは議会の全面的な自由裁量に委ねられているものとすることはできず、そこには自ずから限度があるべきであって、懲罰事犯の情状が特に重い者に対し科せられるべきものというべきである(なお衆議院規則二四五条、参議院規則二四五条参照)。かかる観点からみれば原告の前記懲罰事由に対し除名処分をもってしたのはいささか行き過ぎの感があることは否定し難い。

しかし他方、議会は直接地方住民の信任に基づいて公選された議員によって構成される地方公共団体の意思決定機関であって、その性質機能上広範な自主自律の権能が認められるべきであり、住民の民主的監視の下におけるその自治運営は十分に尊重されなければならず、これに対する国家法ないし司法の介入による違法性の審査は慎重さが要求される。そこでかような点を考慮すれば、前記懲罰事犯の情状が特に重いかどうかの判断も常に住民の民主的監視の下に政治的責任を負担している議会の判断が尊重されなければならず、ただその判断が社会観念上著しく妥当を欠き、議会に任された裁量権の範囲を越えたことが明らかな場合にはじめて違法な議決となるものと解する。

2  《証拠省略》によると、被告議会は慎重審議の結果、原告の前記懲罰事犯の情状が特に重いものとして除名の懲罰を議決したことが認められる。

しかして原告の本件発言について、前認定のとおりその違反の程度態様は軽微とはいえないこと、これが市政に対する一般質問という形で事前の周到な準備を経たものであるうえ、前認定の無礼の言葉は発言全体の各所に見られ、私事にわたる部分も発言の大きな部分を占めており、議場の雰囲気状況に応じて偶発的になされたものではないこと、発言中に議長の注意を受けながらあえてこれを無視してなされたものであることなどを考慮し、また除名の議決が出席議員の大多数の賛成で可決されたものであり、党派的対立の所産であることをうかがわせるべき事情もないと認められること、除名の手続が法令に違反したと認めるべき何らの証拠もないことなどの事情にてらすと、原告がその後任意に私事にわたる言論部分を取消したことを勘案しても、被告議会が原告の前記懲罰事犯の情状を特に重いものと判断して、除名の懲罰を選択したことが著しく妥当を欠き、被告議会に委ねられた裁量の範囲を越えて裁量権を濫用したことが明らかであると認めることはできない。

五  よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田辺康次 裁判官 吉武克洋 池谷泉)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例